ふと思った。
自分はもしかすると物事全般に対する欲求が、ひいては生命力が著しく低いのではないだろうか?
前に「いつもうっすら調子が悪い」という記事を書いたが、ゴールデンウィークを終えて改めて思ったのだ。
出国ラッシュの空港や高速道路の渋滞、ごったがえす観光地などを見るにつけ、「どうして自分はこういうところに行かないんだろう?」と思うが、要は「◯◯したい」「◯◯に行きたい」という欲よりも、「疲れる」「人混みが嫌い」という直感が上回ってしまうのだ。
長い間、「旅行が好きではない」ということがコンプレックスだった。
だって「私旅行好きじゃないんです」っていう人、聞いたことない。(隠れているんだろうとは思うが)知らない土地に行って知らないものを見る、ということの高揚感はもちろんあるが、突き詰めると「移動が嫌い」なのだった。正確に言うと「他人と交通機関に乗り合わせて長時間移動するのが嫌い」か。
今年は10連休で、前半は家中の掃除とクローゼットの片付けをし大満足だったが、それだけで後半は疲労がどっと押し寄せて、残りの3日間くらいは寝込んでいた。こんな体たらくでどうやって旅行に行くというのだ。(ちなみに私は宿についてすぐに温泉に入りに行く体力もない)
しかし今朝ふと思った。私の欲求といえば「◯◯が食べたい」「緑の多いところに行きたい」「心穏やかに家族と仲よく暮らしたい」というささやかなものではあるが、これだって立派な欲ではないか。
他のひとがお金をためて海外に行くように、私も仕事をし、お金を貯め、体調を自分なりに整えている。そしてそのエネルギーを「穏やかな生活」に費やしているのだ。
私はハプニングとかあまり好きではなくて、できる限り綿密に準備をし、何事もつつがなく終える方が性に合っている。たぶん、小学6年生の10月に転校させられた経験が影響しているのだ。まあ親の都合なので仕方なかったのではあるが、改めてこの時期はないな……と思う。こういう経験があったから、なるべく自分で調整できるものは調整し、無理をせず、波はさざなみくらいにとどめて生きていきたいのだ。
「ライブに行きたい」「フェスに行く」「推しに会う」そんな投稿をSNSで見るにつけ、自分の「何もしなさ加減」に胸がほんの少し痛んでいたが、そういう考え方ももうそろそろ止めたいと思う。私の推しは「穏やかな生活」なのだ。そんな生活があってもいい。