いーむの日記

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【読書メモ】予期せぬ瞬間/ アトゥール・ガワンデ

 

テニスプレーヤー、オーボエ奏者などと同じく、医師も上達するには練習が欠かせない。ただし、医師には一つだけ違いがある。それは、練習台が人間であるという点だ

アメリカの医療ドラマの金字塔『ER』大好きな私にとっては、「あー!ドラマで見たわ」というような場面の連続で非常に興味深かった。

◆医者がミスを犯すとき(内容抜粋)

・自分の限界を知ることと自信喪失に陥ることは別

・自信をなくす以上に悪いのは自己保身に走ること

・人間でも完璧を期すことができるという信念を捨てたら医者でいられない

・医者には完璧を望むのではなく、完璧を目指すことを決してあきらめないことを期待してもらいたい

◆良い医者が悪い医者になるとき

元々評判の良い腕の良い医者がなぜずさんな治療をするようになってしまったのか?このプロセスもガワンデは明快に説明してくれる。つまり医師としての評判が高まる→患者が増える→「患者数ナンバーワン」の地位に固執するようになる→スケジュールが過密になる→予期せぬことが起きると「さっさと患者を片付けてしまおう」ということしか考えられなくなる→医療過誤訴訟へ ということだ。

燃え尽き症候群」のようになった医師も多く、「診察をおこなう臨床医の3から5%は患者を診られる状態ではない」とはなんとも恐ろしい状況である。そういった問題を抱える医者やパイロットに治療を行う精神科医がいるそう。

◆痛みの波紋

普通、痛みはその傷の深さや程度の大きさが比例すると思うが実はそうではないそうだ。重症を負った兵士は、通常だったら痛み止めを投与しなければ耐えられないような怪我(複雑骨折、銃創など)に対して半数が痛みを感じない、と答えた。これは生還した喜びが痛みの信号を感じないようにしている、というのが興味深い。

◆紅潮

赤面症を手術で克服したアンカーウーマンの話。スウェーデンイェーテボリで外科医が行う「赤面を制御する自律神経の一部である交感神経の線維を切断する」手術があるそうだ。赤面症が改善されたのは94%。副作用としては胸から上の部分に汗をかかなくなり、胸から下の発汗が多くなる、など。

◆食べることをやめられない人々

胃のバイパス手術の話。肥満は手術を受けるのも一苦労であることがわかった。メスが入りにくいことは容易に想像がつくが、そもそも手術台に移すのも一苦労とのこと。気をつけなくては。肥満を治す薬というものは存在せず(※本作は2017年刊行)、唯一効果のある治療法が外科手術だそうだ。ただし「40年後にこの手術が本当に効果的でやる価値のあるものだったと証明されるかは何とも言えない」とのこと。

◆ファイナル・カット

死亡後の解剖の話。19世紀頃はまだ身内が解剖されることを人々が望まなかったため、遺体が埋葬されるのを待って、墓をあばく医者もいたとか。深夜勤務を意味するgraveyard shift(墓地シフト)の語源だそうだ。遺族は墓に見張りを立てたり、こじ開けようとするとパイプ爆弾が爆発する「爆発棺」なるもので対抗。

◆赤い足の症例

足の水ぶくれが実は「壊死性筋膜炎」という致死性の感染症だったエレノアの話。足の切断で助かる場合もあるが、感染者の70%が死亡、感染を防ぐ抗生物質は見つかっていないそうだ。「確率は25万人に一人だから、まずありえないでしょう」などという数字には意味がない、私はその確率に当たったのだから、というエレノアの言葉が印象深い。

自分が選択した治療法が、適切であったかを知るのはもっとむずかしい。努力が少しでも報われると、今でも驚くことがある。しかし、努力は報われる。いつもではないが、十分満足できる頻度で。