いーむの日記

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『アメリカン・アイドル』の敗退者を見て思ったこと

かつてアメリカン・アイドル』 (American Idol) というオーディション番組があった。

名前のとおり全米から集まった挑戦者たちが明日のアイドル(というかスター)を目指して歌いまくる番組である。

2002年から2016年までの15シーズンというからかなりの長寿番組である。そして実際にスターも生まれた。これだけ第一線の歌手が残っているのはすごいと思う。

ケリー・クラークソン(シーズン1)

ジェニファー・ハドソン(シーズン3)

キャリー・アンダーウッド(シーズン4)

アダム・ランバート(シーズン8)

どのくらいの規模かというとまず一次審査がすごい。

一次審査
アメリカの各地で行われる(シーズンによって開催地は異なる)。応募者は、審査員の前でアカペラで歌い、審査員の判定で合格するとハリウッド予選進出となる。この1次審査で10万人から数百人程度にまで絞られる。Wikipediaより)

10万人も来るのか……と思うのと同時に、以前ちらっと見た地方予選は本当に運動会の本部みたいなテントにずらっと挑戦者が並んでいて、ほんの数秒歌って審査終了、みたいな感じだったので、実際に著名な審査員であるポーラ・アブドゥルサイモン・コーウェルの前で審査してもらえるのは本当にごく一部なのだろう。

DVD-BOXを見ているとスターの原石たちの歌唱力はもちろんだが、『ワースト』と称されるいわゆる「下手な」挑戦者たちがインパクト大である。毒舌のサイモンに「歌に終わりがあって良かったと思ったのは初めてだ」とまで言われている。

当時は自分もまだ若く「どうしてこんなに下手なのにわざわざオーディションなんかに出るんだろう」とかなりきついことを思ったりもしていた。(まあ中には実際冷やかし程度の野次馬的な挑戦者もいるにはいただろうが)

しかし年を経てしみじみ思うのは「いろいろと理屈をこねてやらないやつよりも、結果はどうあれ挑戦したやつはすごいのだ」ということだ。石をひっくり返すやつが偉いのだ。

ウィリアム・ハンという挑戦者がいた。カリフォルニア大学バークレー校で土木工学を学んでいた大学生である。にこにこと審査員たちの前に現れて、リッキー・マーティン『She Bangs』を歌った。とても奇妙な振り付けとともに。それは普通ならとても見ていられないレベルの歌とダンスだった。しかし彼の才能は歌とダンスではなかったのだ。

サイモンに「歌えない。踊れない。何か言うことは?」と言われたウィリアムは「全力を尽くしたのでまったく悔いはありません」と答えたのだ。

この瞬間、彼は「みじめな挑戦者」ではなくなったのだった。

彼のパフォーマンスは話題を呼び、多くのTVショーやラジオ番組へ出演することになる。そしてついにはアルバムまで出してしまうのだ。優勝どころかファイナリストにもなれなかったのに。

結果的にデビューアルバムは20万枚を売上げ、その後2枚のアルバムを出して彼は音楽活動から引退した。

 

ビル・ブライソンのコラム集「ドーナッツをくれる郵便局と消えゆくダイナー」にこんな箇所がある。大学の卒業生に向けたスピーチである。

何であれ人生の目標を追求すること。有名なバレリーナになりたいとか、オリンピックの水泳選手になりたいとか、カーネギー・ホールでコンサートを開きたいとか、何であれ、やりたいことがあれば、それに向かって突き進みなさい。如才のない連中に楽譜も読めないくせにとか、百メートル走のベストタイムが七十四秒では勝てっこないとか言われたとしても、とにかくやってみること。(中略)

私が本気で殴り飛ばしてやりたい人間が一人いるとしたら、それは「勝つのが重要なんじゃない。それがすべてなんだ」とほざく人間です。とんでもない考え違いです。参加することや全力を尽くすことが重要なのです。

ドーナッツをくれる郵便局と消えゆくダイナー (朝日文庫 ふ 19-1) | ビル ブライソン, Bryson,Bill, 佳奈子, 高橋 |本 | 通販 | Amazon


まさにウィリアム・ハンそのものではないか。

 

音楽の世界から去った後、彼は2014年にロサンゼルス郡公衆衛生局に入局、2017年にモチベーショナルスピーカーとなったそうだ。

"I showed that even the Average Joe*1 could succeed."(「私は平凡な人間でも成功できることを証明した」)/William Hung

*1:どこにでもいるような普通の男性のこと