【読書メモ】『スイマーズ』 ジュリー・オオツカ、小竹由美子/訳

 

過食、リストラ、憂鬱症――地下の市民プールを愛し、通いつめる人達は、日常では様々なことに悩み苦しんでいる。そのうちのひとり、アリスは認知症になり、娘が会いに来ても誰なのかわからなくなって、ついに施設に入ることになる。瞬時にきえてしまうような、かけがえのない人生のきらめきを捉えた米カーネギー賞受賞作。(新潮社紹介ページより)
 
そのひとを思い出すのは時としてそのひと本人ではなく、そのひとを形づくる日常の細かいものたちだったりする。
前半部分のプールについての場面ももちろん面白いのだが、後半認知症のアリスとその娘のやりとりを読んで何度も泣いた。
母親が購読していた雑誌のタイトル、履いていたストッキングやストックしていたファンデーションの色名まで書いてある。『これは母が使っていたものだから思い出して哀しい』とはひとことも書いていないのに胸に迫るのだ。
 
父の死後に仕事場の片付けをしたことがある。使いかけのノート(私もノートを一冊最後まで使い切れない性質だ)、日記帳らしきものに混じって一枚のレシートが出てきた。地元のスーパーのフードコートで父が「ここの刀削麺が美味しいんだ」と言ってご馳走してくれた時のレシートだった。そのレシートを見た瞬間、こらえていたものが溢れ出た。最後に一緒に食事したのがその時だったのだ。
 
物それ自体には命はない。だけど命は宿る。そんな気持ちにさせられる一冊だった。何度も読み返したい。